藤井からの風景

穏やかな房総の夷隅川にはこんな民話が残されています

~夷隅川の河童どん~

昔むかし、天神様のお祭りの見世物小屋に河童の親子が出されていたそうな。
珍しいものだから、たくさんの見物人でにぎわっていたが、それを見た江場土村の者たちは腰を抜かさんばかりに驚いた。
「おらほの村の氏神様(六所神社)では、河童どんを水の神様としてうやまっているのに、見世物にするとはあんまりだ」
急いで村に戻り、みんなして六所神社の神主さんにお願いした。
「神主さん、あんとか河童の親子を助けてやって下せえ」
話を聞いた神主さんは、急いで見せ物小屋にかけつけてわけを聞くと、この河童の親子は悪さばかりの困りものの河童だったので、捕まえられて見せ物小屋に売られてしまったのだそうな。
神主さんはこの河童の親子を可哀そうに思い大金を出して買いとると、よく言い聞かせ、六所神社の裏を流れる「後っ川」に放してやったそうな。
この川は、鴨根の清水寺の山から流れてきて夷隅川の河口に出るが、上流にある将監淵という深い淵に住みついたこの親子の河童を、村人たちは「将さん河童」と呼ぶようになったそうな。
それからは、他の村がいくら日照りで困っても、将さん河童が、夜のうちに将監淵から田畑に水を汲んで来てくれたおかげで、江場土の村だけは水に困らなくなったそうだ。
そんなことで、村人たちも河童を大切にし、きゅうりやぼた餅を供えてやってたそうな。
そんなある年の夜、大雨が降って、江場土の橋が流されてしまった。
とある家の嫁さんが急に産気づいて苦しみ出し、家の者が川向うの産婆さんのところへ連れていこうとしたが流れが早くて船が出せない。困っていると、将さん河童が現れて、
「おらたちが、向こう岸の産婆さんの所まで連れていくから安心しな」 と、嫁さんを背中に乗せ、水かさが増して流れの早い川を渡り始めた。 河童の親子は何度も何度も流されかかったが、とうとう向こう岸までたどりついて嫁さんを陸に渡した。そして、親子の河童も岸に上がろうとしたが、どうしたことか、足元の岩に、つるりんとすべって、まっさかさまにひっくりかえると、荒れ狂う水の中に落ちてしまった。
その後、嫁さんは無事に男の子を産んだが、親子の河童はそれからはいつになっても姿を見せなかった。
村の衆は今までの事は河童の親子の恩返しに違いないと言いあったそうな。

いすみ市教育委員会発行「いすみの民話」より

 

河童が岸に上がろうとして滑った場所には今でも「つるりん」と呼ばれている水門があります